藤井聡太八冠の勝負術について - 王座戦の感想

将棋

藤井聡太先生強い!

AI時代の勝負術をお話しします!

 藤井聡太先生、八冠制覇おめでとうございます。

 普段は、就活生の応援のためのブログですが今日は脱線させていただきます。

 将棋の第71期王座戦五番勝負第4局が10月11日に行われ、挑戦者の藤井聡太竜王・名人(21)が永瀬拓矢王座(31)に勝利した。この結果、3勝1敗として「王座」の奪取し、21歳2カ月で将棋界の全8タイトルを独占する前人未踏の偉業を達成した。

 聡太先生が強いのは皆さん知っているだろうから、私はその勝負術について語りたいと思う。

 最近の将棋中継を見たことがあるだろうか。今の将棋中継では、対局中どちらが有利かを判断するAI形勢判断が導入されていることが多い。将棋に詳しくなくても、一目でどちらが勝っているか判断できるようになっている。

 AIの将棋界導入で変わったのは、テレビ中継だけではない。プロ棋士の勉強法も変わってきているそうだ。昔は、一定の実力が備わると、棋力維持、メンテナンスのための詰将棋、重要対局の棋譜並べなどを個人で行い、仲間の棋士で集まって勉強会などで検討会をするのが通常だった。しかし、AIが導入された後は、仲間で集まる勉強会よりも、自宅でAIを相手に指し、検討を行うという勉強法が広く取り入れられるようになった。

 AIの指し手は、今までの感覚とは異なるものがある。

 記憶があるなかでは、角交換の将棋であっさり桂馬を跳ねていく作戦、申し訳ないが名前も知らない。「桂馬の高飛び歩の餌食」という将棋の格言がある通り、あっさりと桂馬を損してしまうのだ。しかし、桂馬で乱した陣形の悪さを立て直すことは難しく、桂馬損であってもいい勝負になるということがあった。完全にAIの感覚だと思う。

 これはたぶん随分昔のことでAIによる分析の初期の頃だったのではないだろうか。今ではあまり見かけない形のようだし、また検討が進んで、やはり桂馬損が痛いという結果に落ち着いているのかもしれない。

 同じく角交換の将棋で玉を中住まいにし、飛車を深く引くというバランス型の陣形もAIの感覚なのではないか。昔の角交換の将棋は、先手でいうところの「8八」とか「7九」とかに玉を囲うのが通常だった。この場合、相手の攻めを真正面から受けることになる。

 AIはしっかりと読めるのであろう、中住まいから玉が逃げつつ勝負に持ち込む方に勝ち筋が多いという判断なのだろう。

 飛車先の歩などもそうだ。昔はチャンスがあったらすぐ歩交換だった。でもAIにそこにこだわりはない。飛車先の歩を交換しないで駒組みをする将棋が増えている。

 聡太先生は、まさにAIを使って将棋の勉強をしている。だから強いという訳ではない。理由は単純でAIに関しては公開されているし、他の棋士も使えるからだ。

 聡太先生の将棋を観戦していると、勝つ将棋が多いのだが勝ち方には差がある。序盤・中盤で有利だとそのまま差を広げて勝ち切ってしまう場合が多い。

 問題は負けている将棋の勝ち方である。

 今回の第4局でも、中盤の時点で永瀬-藤井で「60%-40%」で不利な場面が多かった。手番も永瀬先生の方が多かったし、実際に指しやすかった場面が多かった。差はジリジリと開いていった。

 「60%-40%」くらいの差は、実は明確な差ではなく指しやすさの程度だととある解説者が語っていた。そこからジリジリと離されるといよいよ明確な差になると聞いたことがある。

 AIの形勢判断には、その盤面の最善手が出てくる。今回の王座戦でもそうだった。

 終盤の決着がつきそうな場面で、聡太先生はAIの最善手を指さないのである。これは完全に意識的である。

 結果としてAIの形勢判断は「99%-1%」のような差を出すのである。

 これは、逆転の可能性を秘めた罠のような手で、ちゃんと指すことができれば永瀬先生が勝つということである。

 しかし、ここで聡太先生は、AI的な正解よりも、相手が間違える可能性が一番高い手を敢えて選んでいるのだろうと思う。罠を張りまくるのである。圧倒的な終盤力で相手が一番間違えそうな罠を張るのである。

 聡太先生は強くなるためにAIを利用しているが、やはり将棋は人間が指すものである、というある種の‘見切り’が存在している。

 このままでは「自分は勝てない」と思った瞬間、「相手に負けてもらう」ことを考えるのだろう。1局で2回勝負のチャンスがあるようなものである。

 他の棋士は、AI的な正しさを追求して、追求し続ける傾向があるのではないか。聡太先生は、AIを利用して徹底的に鍛えつつも、「将棋は人間が指すもの」という感覚をいつまでも持ち続けられるから強いのではないか。AI時代の棋士が見失いつつある勝負術がそこにあるのではないだろうか。

 AIの形勢判断「99%-1%」からの大逆転は、なまじ形勢が可視化されてしまったがゆえの華のある結末だと思う。しかし、聡太先生にとっては勝つために当然のことをしたまでで、大逆転したなどと微塵も思っていないのかもしれないと感じた。

 書き終えた後、私と同じような感覚を持った方の記事を見つけました。←こちらもどうぞ!

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