新聞の購読をやめた小学校 - 新聞購読は続けるべきなのでは、親からの意見

子育て・教育
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息子の通っている小学校が新聞購読をやめた。

これって良くないことだと思うな!

 息子の小学校、新聞の購読をやめたそうだ。区内の公立小学校である。

 息子から聞いた話で、新聞がどのように校内で使われていたかについては、残念ながら把握していない。

 おそらく、先生がザッと目を通して、図書室などに置かれているのだろうと想像する。

 子どもが実際に新聞を読むかは別として、小学校に新聞がないというのは問題ではないだろうか。

 まず、新聞を購読する家庭は年々少なくなってきている。日本新聞協会のデータによれば、2007年までは1世帯当たりの部数が‘1’を超えていたが、2022年の時点で‘0.53’になってしまっている。今でも複数部購読している家庭もあるだろうから、家で新聞が読める子どもは約50%くらいだろう。

 電子版などで特定のタブレット、スマホなどからしかアクセス出来ない可能性もある。新聞紙で読める子どもはもっと少ないであろうと想像できる。

 学校はとにかく生徒間に差が生まれることを嫌う。全生徒にタブレットの配布行ったのもなども、家庭事情でパソコンやインターネットがない家庭に配慮した結果だったはずだ。

 新聞が読みたい生徒が読めなくなってしまう。これは格差を拡げることに繋がらないだろうか。横並びの状態にこだわっていた今までの立場と明らかに違う。

 全生徒にタブレットを配布しているので、新聞に書いてあるようなことはインターネットで知ることができる、という反論が考えられる。

 しかし、新聞に書いてあることを、何もない状態から調べることは難しい。また、インターネット上の記事については、有料の記事などもあったりし、全部が全部読めるという訳ではない。この反論については、答えになっていないような気がする。

 次に新聞がなくなることによって、子どもたちの深い学習への窓口がなくなってしまうことを憂慮する。新聞には、社会との繋がりがあることが書かれている。子どもたちは、何のために勉強しているのか、将来的には社会と繋がりを持ち、社会に役立つことを目指しているのではないだろうか。

 他の地域では、新聞に書かれていることを題材として、より深い探求活動をしたりしている。具体的に紹介するホームページも存在する。新聞に書かれていることから、いまどんな時代なのか、これからどうなるのかを予測するような総合的な学習を行っているのである。子どもたちの学習と社会をつなぐ重要な紐帯が新聞なのでないだろうか。読み書きソロバンだけが学習ではない時代である。この辺に対する影響も考えてのことなのだろうか。

 最後に、新聞紙は最終的に無駄になることはない。例えば、図工で工作をする際、最高の素材である。その素材を別に購入するとしたらいくらかかるのか。実は、新聞を購読していた方が安く上がったりするのではないだろうか。

 区立の小学校なので、予算が関係しているはずである。予算削減のために新聞の購読をやめたのかもしれないが、図工の素材代が跳ね上がったりしないのだろうか。その辺の比較検討はあったのだろうか。

 戊辰戦争に敗れ焼け野原となった長岡藩では、他藩からの支援物資の百俵の米をただ食べるのではなく、人を育てるための学校作りの資金とした。米百俵の精神、教育第一主義である。

 貧しいからこそ教育を重んじるべきはないのだろうか。新聞購読をやめた小学校の決定は、近視眼的な判断で到底賛成できない。

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